#1. 温泉とラーメンに期待する効能|長浜駅・麺屋『たい風』にて

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会社員の盆

8月、僕の勤める会社は盆休みに入った。

とにかく温泉に入りたかった。温泉に入りさえすれば、夏が始まって以来、いつ終わるとも知れない猛烈な暑さによって蓄積した疲れを癒やせるはず――そんな風に考えていた。同時に、労働や生活といった、日々のしがらみから少しでも距離を置き、一時的にでも忘れていたい、とも潜在的に思っていたのだろう。当時の僕の頭の中は、それら2つの考えで占められていた。

出発の日、本当ならさっと準備して午前中のうちに出発するつもりでいた。しかし、家でぐだぐだと過ごすうち、気が付けば空はすでにうすぼんやりと暗くなり始めている。自覚していた以上に疲労していたようだ。

ようやく荷造りに取り掛かった僕は、下着やタオルをザックに詰めながら、非日常の趣と、若干の虚しさを覚えていた。今日という一日は、既に終わりのフェーズを迎えつつある。その中で、いわば「一日を始める」ための準備をする…。その行為は僕自身に「世間の動きからの乖離」を強く意識させた。それは旅の特別さに対する感覚を鋭敏にし、興奮をもたらす一方で、同時に、自分だけが取り残されているような、冷たい孤独感をも胸に運んできた。僕は最低限の荷物を詰め終えたザックを背負い、電車に乗り込んだ。

向かうのは滋賀県北部の都市、長浜だ。僕が住んでいる場所からは、電車で約2時間掛かる。「旅」というには短く、「ちょっとそこまで」というには遠い距離だ。自分の暮らす街――日常――からは離れたい、しかしそれほど遠出をする気力は無い…。そんな矛盾した思いが、目的地として長浜を選ばせたのだった。

長浜駅

長浜駅に着いた頃には21時を回っていた。長浜は小さくない街だが、さすがにこの時間は人通りはまばらになっている。僕は夕食を取ることができそうな店を探した。本来ならば名物にもありつきたいところだが、そもそも営業している店自体が限られている。贅沢は言うべきではないだろう。

地方都市の店じまいは早い。かつて別の街を訪れたときは、そのことに驚かされたものだ。見知らぬ街を当てもなく彷徨いながら、「ここに腹を空かせた旅行者がいるというのに…」と、勝手な恨み言を内心でこぼしたことも懐かしい記憶だ。今ではもう、そのことは十分承知している。営業している店があれば、それだけでありがたい――そう思えるようになったのは、それなりに旅の経験を重ねてきた証でもある。

『麺屋 たい風』

この日は運の良いことに、労せずして営業中のラーメン店を見つけることができた。『麺屋 たい風』という店だ。僕は迷うことなくラーメンと丼のセットを注文した。

ラーメンと丼物、あるいはライスとの組み合わせは、ラーメン店での定番メニューだ。リーズナブルな上乗せ価格で満足感を向上させられるのが人気の理由だと思う。僕自身も今回に限らずよく頼む。

栄養的には炭水化物同士だから、決して褒められたものではない。だがこの組み合わせには、その欠点を凌駕するだけの効能が確かにある。くたびれきった肉体に活を入れ、一日の最後のもうひと踏ん張りを可能にしてくれるという効能だ。

僕は普段、旅行中であってもなるべく健康に配慮した食事を心がけている。それでも、このメニューを目の前にすると、多少の栄養バランスの悪さを甘んじて受け入れ、注文を正当化せざるを得ない。それだけの威力がある。

僕はこの組み合わせを定番たらしめている真の理由に思いを巡らせながら、目の前に並んだふた皿を黙々と食べ進めたのだった。

麺屋『たい風』にて_2408長浜